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人身御供を行った古代フェニキアの秘密儀礼とは?「邪神モレク」の神殿/鈴木革

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風光明媚な景観で知られる地中海沿岸。かつてその多くの地域には、高度な海洋航海技術や交易を誇る都市国家で構成された一大文明が栄えていた。
古代フェニキア文明──。だが、その繁栄の奥に潜む闇には恐るべき邪神が君臨していたのだ。

◉世界秘教紀行◉ 文・写真=鈴木 革

幼児燔祭を求めたカナンの邪神モレク

 2019年11月、イタリア、ローマの古代闘技場遺跡コロッセオに、無気味な巨像が展示された。これは紀元前の邪神モレクを象ったもの。人々はこの神のために、神殿もしくは祭壇を造って像を安置し、人間の幼児を丸焼きにして捧げたという。

 像の原型は古代ローマ時代の植民都市カルタゴを描いた映画「カリビア(1914年)」に登場したもので、映画では半人半獣像の胸がかまどになっており、人々が生きた幼児を次々に火中に投げ込んでいる。おそらく映画は古代ギリシアやローマが伝える幼児の生贄いけにえ伝説をもとに製作されたものだが、1920年代にカルタゴの古代墓地で無数の幼児の遺骨が発見されて、伝説の真偽をめぐる論争が再燃した。

古代フェニキア文明の西進基地とされた、北アフリカの植民都市カルタゴ。そのカルタゴで1920年代に発掘された「トペテ」。紀元前200〜前400年の建造と推定される、子供たちのための共同墓地だ。この墓地から発掘された骨壺は、実に2万体分にも及び、多くが黒焦げだったといわれる。古代ギリシアの著述家プルタルコスは、これらは「幼児燔祭」の犠牲者の遺骨であると書き残している。

 そもそもモレクとは『旧約聖書』が伝えるカナンの神である。紀元前の地中海地方では、羊や牛を丸焼きにして神に捧げる「燔祭はんさい」が広く行われていたが、カナンでは最上の供物くもつとして人間の幼児を捧げたという。カルタゴは北アフリカ、チュニジアの古代都市だが、レバノンの古都テュロスが造った植民市であったから、幼児燔祭の起源もテュロスだったと考えられる。

19世紀に出版された『旧約聖書』の挿絵。邪神モレクに生贄を捧げる「幼児燔祭」の祭壇における凄惨な光景を描いたものだ。幼児のみならず、胎児を捧げた例もあるという。

 テュロスの主神はメルカルト(Melqart)で、これは「都市の主(mlk qrt)」に由来し、モレクのヘブライ語名mlkとつながる。

 さらにメルカルトは古代シリア、パレスチナの最高神バアルの息子とされるが、「メルカルト≒バアル」という説もあるだけに「メルカルト≒モレク」という可能性も浮上する。

幼児燔祭の祭壇に使われたと思しきモレク像。胸の隙間から幼児を入れ、下の燃えさかる火に落としたのだろう。

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