江戸・明治「日本神話絵巻」に見る”描かれた神々”の変遷/鹿角崇彦
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江戸・明治「日本神話絵巻」に見る”描かれた神々”の変遷/鹿角崇彦

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現在、イラストやコミック、動画などにもあふれている日本神話の神々の姿。正月シーズンはとくに目にする機会も増えるかもしれない。
しかし「神々の描き方」は昔から不変ではなく、時代によってさまざまに変化してきた。
江戸、明治から現在にいたる神々の姿を縦覧することで、その豊かなイマジネーションの世界を追体験してみよう。

文・資料=鹿角崇彦

「見えざる神」を描く

変遷する「神々のイメージ」

 令和4年の年始め、コロナ第5波もまがりなりにも終息に向かうなか、2年ぶりの初詣を楽しんだ方も多いのではないだろうか。
 昨今の神社ブームや、2012年、2020年がそれぞれ『古事記』『日本書紀』の編纂1300年にあたったことなどもあり、ここのところ日本神話をライトに紹介する書籍、マンガや動画作品などがずいぶんと増えている。最近は神社でも、それぞれの祭神をイラスト化した絵馬やのぼり旗などをよく目にするようになった。
 そうした神々は、上下白の衣装を身にまとい、首には勾玉、髪の毛を左右に振り分けた美豆良みずらという姿で描かれていることが多い。多くの人が「日本の神さま」といわれてパッと思い浮かべるのも、おそらくこのパターンだろう。
 しかし、古くから神々がこの姿でイメージされ、描かれてきたのかというと、実はそうではない。そもそも、日本では長らく神は「見えないもの」であり、「見てはならないもの」でもあった。
 三輪山を神体とする奈良県の大神神社のように、山や岩など自然物そのものを神の依り代として祀るのが神道の起源で、仏教の影響を受けるまでは「神を人の姿で表現する」という文化さえなかったのだ。
 仏像崇拝に触発されて神像づくりが盛んになるのは平安期だが、仏像にくらべて神像はマイナーな印象が否めない。それは、神像はあくまで神社内部に秘められる「ご神体」として求められたもので、不特定多数に見せることを想定していないものが多かったからだ。
 やがて神々の姿は寺社の由緒由来を伝える縁起絵巻などにも描かれるようになるが、そこでもその姿はほのかに隠すような配慮がなされることがあった。

『日吉縁起』に描かれた神。顔を雲で隠すことによって高貴な存在であることが示されている。先導の童子たちは全身が描かれているのと対照的だ(画像=国立国会図書館デジタルコレクション。以下、所蔵表記省略の場合は同コレクションより)。

 上図の『日吉縁起』絵巻には、童子を先触れにして雲の上を進む騎馬の神々が描かれているが、その顔はたなびく雲で覆われている。「描きつつ描かない」というセンシティブな技法が用いられているのだ。

平安期に造られた男神と女神の像。当時の高位の男女の衣装に似せて造られたもので、現在スタンダードな美豆良姿の神イメージとはずいぶん異なることがわかる(画像=クリーブ ランド美術館)。
現在のスタンダードな日本の神イメージに近い、「いらすとや」のいざなぎ ・いざなみイラスト。男神は美豆良姿に矛を持ち、女神はどこか巫女装束をも思わせるデザインに。

天照大神でもこれだけ違う多様性

 神は本来、みえない存在。そもそも不可視なものを描くのだから、その表現には「正解」はないのだともいえる。ここに挙げた3つの図はすべて天照大神だが、その様相はずいぶん異なっていることがおわかりいただけるだろう。

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