早く行くべ/読者のミステリー体験
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早く行くべ/読者のミステリー体験

「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。

選=吉田悠軌

早く行くべ

岩手県 25歳 村上かつ子

 私は何年か前から、ある事情で大変につらく苦しい毎日を送ってきました。なんとかこの状況から抜けだそうと、ずっと歯をくいしばって耐えつづけているのですが、やはり、ときとしてふと気が弱くなり、つい、もう死んでしまいたいと真剣に考えてしまうこともありました。
 そんな、ある日の出来事です。
 私は勤務先には車で通っているのですが、ときどきその車の調子が奇妙におかしくなるのです。そのため、何度も事故を起こしそうになったりしました。
 もちろん、そのたびに整備工場へ持ちこむのですが、整備士さんはいつも決まって「この車にはまったく異常はないよ」というのです。どんなに私が、急にハンドルがおかしくなった、ブレーキがきかなくなったといっても信じてもらえませんでした。
 そして、ある日、仕事を終えていつものようにその車で自宅に向かっているときでした。突然、どこからかブツブツと私に話しかけてくる声が聞こえてきたのです。男の人の声でした。もちろん車には私しか乗っていません。ラジオもつけていませんでした。

「おい、早く行くべ……。早く、川、渡るべ。早く行くべ……」

 そんなふうに、まるで私のすぐ耳もとでささやくように聞こえます。
私は思わず急ブレーキをかけ、車を道路の左側に寄せると、サイドブレーキを引きました。
とたんに、その声は聞こえなくなりました。
 私は、自分が疲れているせいで幻聴でも聞いたのだろうかと思いました。それで、その場所でしばらく休むことにしました。
 ところが、そのうちにまた「おい……早く」という声がしたかと思うと次の瞬間、私の背中にドサッと、まるで人でもおぶさったような重さがのしかかってきたのです。
 私はびっくりして、あわてて車をスタートさせようとしたのですが、そのとたんに、なんと金縛りにかかってしまったのでした。
 なんとかして金縛りを解こうと私は必死にもがきました。が、指一本まともに動かすことができません。しかも、そうこうするうちに背後から首が絞められはじめたのです。息が詰まり、自分の舌を口から飛びださせて私はもだえ苦しんでいました。しだいに意識も遠くなってきて、さすがに私も、もうこれで自分は死ぬのだと観念するしかありませんでした。

 すると、そのときでした。コン、コンと、フロントガラスのたたかれる音が聞こえました。目だけを動かして見ると、見知らぬおばあさんが私をのぞきこんでいます。
「だいじょうぶがあ? ほれ、おめえのうしろに、死に神がおぶさってるだ。早ぐ、ドア開げろ。だいじょうぶがあ⁉」
 と、そのおばあさんは泣きながら私にそう叫んでいました。もちろん私は、ドアを開けるどころか身動きひとつできません。が、そんなおばあさんの声を聞きつけた近所の家の人たちが集まってきてくれました。そして、私を車の外に引っぱりだしてくれたのです。このときほど、ドアをロックするのを忘れていてよかったと思ったことはありません。
 おばあさんは、それでもなお身動きできずに苦しんでいる私に向かって、「この死に神め、早ぐ帰ろ‼」と泣きながら怒鳴るようにいうと、私の目の前で手をパンパンパンッと3回たたきました。
 すると、とたんに私の金縛りは解け、首を絞めていた力もフッと消えたのです。私は思わず、その場に倒れこみました。とても寒い日だったというのに、私は全身にびっしょりと玉のような汗をかいていました。

 そのおばあさんは、この地方でいう「おがみさま」(厄祓いの人)でした。しばらくその場で休んで、ようやくいくらか元気をとりもどした私にそのおばあさんは、やさしく、諭すようにいってくれました。

「もう死にたいなんて考えるな。そんなこと考えると、すぐまたおまえさんのところへ死に神のやつがやってくるぞ。どんなに苦しくても、石の上にも3年じゃ。いつかきっとよくなると信じてがんばるんじゃぞ!」

 以来、私はもうどんなことがあっても、決して死にたいなどと考えないようにしています。そして今、私は、本当に生きていてよかったと心から感じています。


(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)

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