深夜にすり寄るもの/あなたのミステリー体験
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深夜にすり寄るもの/あなたのミステリー体験

幽霊ではなさそうだ。でも、しつこいほどに私に擦りよってきた謎の人物の姿はどこにも見当たらない。
鮮明な夢だったのか? それともやはり現実か!?
摩訶不思議としかいいようのない現象が。

イラストレーション=不二本蒼生

深夜3時のスリスリ

◆Nさん(27歳)/岐阜県

 2020年4月6日、深夜3時から朝までの数時間の出来事です。
 その時私は、母と共有している2階の寝室で、頭を南向きに、顔を西の壁に向けて眠っていました。
 そのうちだれかが、まるで猫のように顔や頭を私の背中に擦(こす)りつけてくる感触がして目覚めたのです。
 お母さんったら何をやっているのだろう……と思いながら、眠気の残る頭で壁の掛け時計を見ると、深夜3時6分。
 私の母はもともと生活リズムがメチャクチャで、深夜だろうと私が眠っていようとかまわず電灯を点けるような無頓着な人です。また、私の頭から外れた枕を無理に戻したり、眠っている私の頭をグリグリと撫(な)でたりするようなところがありました。
 そのため私はまたかと思い、おとなしく寝たふりをしていました。目を開けて下手に相手をすると長くなりますから。
 そのうち何となく背中の感触に違和感を覚えはじめました。いつもの母なら、もっと強く、乱暴なほど擦りつけてきます。しかし、スリスリと甘えるように擦りつけてくる感じが、母にしては静かすぎるのです。

“これは……お母さんじゃない。でも、それじゃあ、だれ……!?”

 あまりの恐怖に、背後を振りかえるどころか目を開けることもできません。私は混乱したまま眠ったふりを続けていました。
 すると背後の存在がそんな私に気づいたのか、その呼吸音と感触が私の背中から首へ、右耳から顔へと移動してきました。そして、私の顔を覗きこみ、様子を窺っているような気配がします。
 あまりの気味の悪さに、私は思わず目を閉じたまま、思いきり右腕でその存在を自分の後方へと振りはらいました。その瞬間、はっきりと右腕に人間の重みを感じました。そのとき私は、それが幽霊などではないと確信しました。
 ところが、そのだれかは、そんなことでは引きさがりません。再び私の背中に戻り、スリスリを始めたのです。
 そこで私は、とにかく相手との距離を取ろうと、腕や肩を使ってグイグイと相手を押して自分の背中から引きはがそうとしました。
 最初はてっきり母だろうと思っていましたが、そのころにはもうそれがこっそり寝室に侵入してきた変質かもしれないと思いはじめていました。もしそうなら、ここは下手に騒がないほうがいいだろう。そんなふうに考えていました。
 不意にスリスリが止みました。同時に、それまでハッキリと腕に感じていた人間の重みもスッと消え、そのはずみで私はベッドから落ちそうになったほどです。

 耳を澄ますと、さっきまで聞こえていた呼吸音がありません。気配も消えています。恐る恐る目を開けて部屋を見まわしましたが、だれもいません。私は、そのまま呆然と朝まで起きていました。
 母が寝室に入ってきたのは、朝の7時。聞けば、今まで台所のテーブルに突っぷして熟睡していたとのこと。呆(あき)れるしかありません。
 その後、キーンと金属音のような耳鳴りがして、数分間、耳が聞こえなくなることが6回連続してありました。幸いそれ以外は何も起こっていません。
 あの人物は何者だったのでしょう。

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愛のトントン

◆Sさん(57歳)/福島県

 昨年、私は大病を患い、長期入院していました。退院してからも、基本は自宅療養する毎日。職場へは体調のいいときにたまに顔を出す程度でした。
 やがて秋のお彼岸を迎え、私は家族とともに祖父母の墓参りへ。お寺は車で1時間ほどのところにあります。
 目的地に到着し、駐車場に車を停め、その後、花やお供え物を手に、ゆっくりと祖父母の眠るお墓へと向かいました。
 まずは家族そろって墓掃除をします。タオルで墓石もきれいに拭きあげました。
 その後、祖父の好きだった日本酒のカップと、祖母の好きだったサイダーを供えました。おはぎとお花も忘れてはなりません。
 妻がハンカチを出して、いつしか私の額に吹きだしていた汗をそっと拭いてくれながら、「大丈夫? 無理しないでよ」と、気遣ってくれました。

 線香に火を点けているとき、私は祖父母のことをあれこれと思いだしていました。
 たとえば高校生のころ、私はオートバイで祖父母の家に泊りがけで遊びにいき、よくお小遣いをもらったものです。祖母の美味しい手料理を腹いっぱい食べさせてもらったりもしました。
 お酒が好きで、ちょっと怖かった祖父と、いつも優しくてよく笑った祖母。現在、私たちと同居している私の母が、あのころの祖母とそっくりです。
 家族みんながそれぞれ線香をあげてお墓に手をあわせました。私は最後に墓前にしゃがみこみ、線香をあげ、大病を患い、ずっと墓参りにこられなかったことを祖父母に詫びました。そして、“なんで俺ばっかり病気になるんだ。仕事だって休まなければならない。俺、何か悪いことでもしたかい!?”などと、思わず心の中でつぶやいてしまいました。

 そのときです。「お父さん、帰るよ」と、子供たちから声をかけられました。
 そこで、「じいさん、ばあさん、また来るからね」と、つぶやき、墓石に背を向けたその瞬間でした。

 私の両肩を、だれかの手が優しく背後から2回、トントンと叩いたのです! !
 びっくりして、すぐに背後を振りむきました。しかし、だれもいません。そこにはただ祖父母の墓石があり、線香の青い煙が立ちのぼっているだけでした。
 先に歩きはじめていた妻や子供たちには、そんな私の身に起きた異変は気づかれなかったようです。
 自宅に向かう車の中で、ふと私は思いだしました。家に泊まりにきて帰る私を、祖母がいつも玄関先まで見送ってくれて、私の両肩を優しくトントンと2回たたき、「また、おいでね。気をつけて帰るんだよ」と、いってくれたことを。あれは、まさにあのときの祖母の手の感触でした
 祖母は生前よく、「人は死んでも魂は残るんだからね。墓参りに行けば、いつでもまた会えるんだから」と、いっていました。
 自然に、私の目に涙があふれていました。私は家族に気づかれないようにそっと涙を拭きました。

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四十九日のお別れ

◆Oさん(55歳)/岐阜県

 16年間、家族の一員として暮らしてきた愛犬が重い病気になり、苦渋の決断で、安楽死させることにしました。

 母と連れだち、車で動物病院に愛犬を連れていった日のことです。
 名前を呼ばれて診察室に入り、診察台に愛犬を乗せて、最後にそっと頭を撫でながら、「バイバイ」と、いった瞬間のことでした。
 愛犬が、突然、火がついたかのように激しく吠えはじめたのです。その様子は、イヤだと私たちに強く訴えているかのようでした。私たちはまさに後ろ髪を引かれる思いでその動物病院を後にしました。
 家に帰ると、娘が、「病院へ行く車が出発したときからワンワンと吠える声が聞こえはじめて、今もずっと聞こえつづけているよ。何かワンクッションある違う空間みたいなところから聞こえてくるみたい」と、いいます。でも、私にも母にもそんな吠え声はまったく聞こえてきません。私と母は首をひねるばかりです。

 それから約2時間後、動物病院に遺体を迎えにいき、家に帰ってきたときでした。
 遺骨の入った箱の中から、いきなり「ブッフ」という、長年聞きなれた愛犬の、安心してくつろいだときに必ず漏らす溜め息が聞こえてきたのです。
 不思議なことにその愛犬のクセのある溜め息は、私と母にはハッキリと聞こえたのに、なぜかすぐそばにいた娘にだけは聞こえなかったようです。
 それから何日かたって、「まだ吠える声、聞こえる?」と、娘に聞くと、「うん、まだ吠えてるよ」との返事。この同じやりとりが、その後も娘と何度か続きました。
 ある日、娘が、「吠える声が徐々に遠ざかっていくなと思っていたら、とうとう聞こえなくなった」と、いってきました。そして、「そういえば、ちょうど四十九日だもんね」と、つけくわえたのです。

 そのひと言を聞いた瞬間、私は思わずハッとしました。確かに動物病院に愛犬を連れていってから数えてちょうどその日が四十九日に当たりました。
 しかも、娘がそれをいいだした日の前夜、私は死んだはずの愛犬が自分の布団に添い寝しにきたのを感じていたのです。そのことをだれかに話したりはしませんでしたが。
 愛犬が添い寝するなんてことは、それまで一度もありませんでした。きっと私に別れを告げにきてくれたのでしょう。
 私のまわりの一部の人たちは、「三十五日とか四十九日とかっていうけど、あんなものは単なる坊主の銭儲けだよ」などといっていますが、私にはやはりちゃんと意味があるような気がします。

 また、この出来事を体験してからというもの、果たして私たち一家が下した決断は正しかったかどうかを真剣に考えるようになりました。
 本人がきちんと納得できていなければ、それは安楽死とはいえないのでは、という自問自答を繰りかえしています。もちろん現実的には愛犬に意思を確かめることなどできなかったでしょうが。
 今、私には、心から愛犬の冥福を祈るしかありません。

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すぐそこにある不思議

ラップ現象と義父の命日にはやはり何か深い関係が!?
◆Mさん/東京都
 小学校時代、両親が離婚。母親に育てられた夫は、その後、父親と交流がありませんでした。しかし夫が20歳のときに、父親が癌で入院中との知らせを後妻から受け、思いたって見舞いに行ったのですが、その日が別れの日になりました。
 父親は、その前日、後妻に、「明日、息子が来るから」と、告げていたそうです。約束などしていなかったのに。
 約9年後、私たちは結婚しました。そのとき彼の手元にはたった一枚の父親の写真しかなく、私はその写真をリビングに飾り、お花とお線香を供えて自分なりに供養していました。
 ある日のことです。写真立てを置いたビデオデッキの電源が、勝手に何度も入ったり消えたりします。不思議に思い、夫にそのことを話すと、何とその日がちょうど彼の父親の命日だったことがわかりました。
 私は彼の父親のお墓がどこにあり、どうなっているのか知りません。ただ、私には亡き父親が息子である彼に何かを伝えたがっているような気がしてならないのです。
受話器の向こうから聞こえる「帰れ……」という奇妙な声
◆Kさん(26歳)/大分県
 50代の知人の男性、Aさんから聞いた話です。
 数年前、車で移動中、携帯電話に着信があったので、近くにあった廃校舎のそばの空きスペースに停車し、電話に出たそうです。話しだしてしばらくすると、突然、激しいノイズが入り、会話ができなくなりました。
 ここは電波状況がよくないと思った彼は、いったん電話を切り、その場から移動しようとしました。
 そのときです。電話の相手のかすかに聞こえる声に混じり、「帰れ……帰れ……」という奇妙な声が聞こえてきました。同時に、そのまま電話が切れてしまったそうです。
 びっくりした彼は、すぐに電話をかけなおして相手にそのことを伝えました。しかし相手は、自分はそんなことはいっていないし、そんな声も聞こえなかったといいます。しかも、もうそのときにはなぜか、さっきのノイズはまったく聞こえなくなっていたそうです。恐ろしくなった彼は、とにかくあわててその場所から移動したといっていました。


小林世征の心霊相談室

 前田さんの義父は、離婚後、息子であるご主人に対し、申し訳ないという気持ちを持ちつづけていました。愛する息子に何ひとつ父親らしいことをしてあげられなかったからです。
 そんな父親だったにもかかわらず、死後、息子のお嫁さんに供養してもらい、どれほど嬉しかったか。 感謝の気持ちを胸に、「様子を見にきたよ」といった義父のアピールが、ラップ現象を引きおこしたのでしょう。霊は電気系統に反応しますからね。
 黄田さんが耳にした、「帰れ……帰れ……」という声は、守護霊・背後霊の声です。危険な場所に近づくなといった警告と捕らえて間違いありません。もしもこれが悪霊であれば、「おいで……おいで……」と発していたはずです。
 こういうときは、守護霊・背後霊の声に素直に従いましょう。間違っても好奇心が上まわり、廃校舎に足を踏みこんではいけません。もしもそんな行動に出れば、けがをしたり、精神を病んだり、下手をすれば命取りになる可能性だってあります。
 廃校舎を含め、廃墟に心奪われるマニアが存在しますが、感心できません。私の知りあいにも廃墟マニアがいましたが、30代で早世してしまいました。死因は心臓病。持病があったわけではありません。断定はできませんが、廃墟めぐりと何らかの関連があったはずというのが、私なりの解釈です。

小林世征
1959年、東京生まれ。学生時代より占学に興味を持つ。1991年、霊能者として独立。

(月刊ムー2021年1月号掲載)

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