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「地球外少年少女」磯光雄インタビュー 2045年の宇宙ステーションを襲う「予言」「陰謀」テロリズム! オカルトは人類の希望となる…!?
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「地球外少年少女」磯光雄インタビュー 2045年の宇宙ステーションを襲う「予言」「陰謀」テロリズム! オカルトは人類の希望となる…!?

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2022年1月28日より劇場上映、劇場公開版Blu-ray&DVD発売、およびNetflixにて配信が開始し、劇場公開版Blu-ray&DVDが2月11日発売となるアニメシリーズ「地球外少年少女」。
2045年の宇宙空間を舞台に、日本製の商業宇宙ステーションで出会った少年少女たちが未曾有の災害にまきこまれ、自分たちの力で脱出し、生還を目指す姿を描いた物語だ。
本作の原作・脚本から手がける磯光雄監督にインタビューをおこなった。新作に込められた、科学、SF、そしてオカルトや陰謀論を含む世界への視点とは?

取材・文=高野勝久

宇宙時代のネットワークと肉体

ーー2007年の「電脳コイル」以来の近未来を描いた作品ということで、まずは今回、2022年の作品に登場するテクノロジーやガジェットについて意識したことなどを教えてください。

磯光雄 「地球外少年少女」は「電脳コイル」より未来の話なので、まずスマホを今のまま出すわけには行かないぞと思っていました。ではその先のデバイスは何か?既に電脳メガネはやってしまったので、これも同じものを出すわけにはいかない。
そんなところから考えて、今回は肌にプリントするデバイス「スマート」を考えました。手の両面がそのままスマホになると言う、ビジュアルの面白さを優先したデザインなんですが、今の技術の延長線上でも実現可能なんじゃないかと思ってます。このアイディアは以前からあったんですが、「スマート」はマイクロマシンが自己組織化して回路を作るという設定で、だから手を洗うたびに少しずつ減っていって、あるところで起動できなくなってしまう。そしたらコンビニにいってまたプリントしてくださいね、と定期的にお金を徴収するビジネスモデルのガジェットです(笑)。

ーー「地球外少年少女」のように通信デバイスが進化した世界でも肉体が重要だというのも面白いですね。アバターやロボットが宇宙に行くのではなくて、あくまで現実の体で宇宙に行く、体験をするという世界です。

 そうですね、一時期「マトリックス」に代表されるように、すべてバーチャルで、このまま世界はすべて仮想になるんじゃないか……という流れがあったんですが、実際に世の中が進んでみると、VRを体験するにしても重たいゴーグルをかけたりして、現実の肉体を経由しないと仮想現実を体験できません。現時点ではそんなものだろう、となんとなくみんなが感じているところもあるんでしょうね。
仮想と現実について流れがかわったなと感じるのが、少し前にライブが流行っていたじゃないですか。コロナで大変な時期になってしまったけれど、若い人たちはライブに行きたがっている。私たちの時代は「テレビでいいじゃん」という世代で、録画で映像を自分のものにできるという事に価値があったんだけど、今はわざわざ録画しなくても、ネットで多くの映像が向こうからやってくる。デジタルだから劣化もしないし、好きな時に好きな作品にアクセスできるから、自分で映像を所有する意味が薄まりましたよね。
だから現場にいって「その瞬間そこにいた」というライブ体験のほうが重視されるようになったんだと思います。ある瞬間、肉体を経由していることが大切、つまりは体で経験したことが重要なんですね。それは実際に自分の体で宇宙に行く少年少女たちが主人公の、「地球外少年少女」でも描かれている部分かもしれません。

予言と陰謀論と

ーー「地球外少年少女」では予言、陰謀論、それを仕掛ける勢力がひとつの大きなカギになっているのも気になります。

 私はオカルト文化真っ盛りの時代に育ったので、「ワクワクする話の種」として日常的にオカルトを楽しんできた世代なんです。疑似科学も含め、小説も漫画もオカルトだらけだった。月刊ムーも当然常にチェックしてましたよ(笑)。当時こういった文化の屋台骨を支えていたのが「ノストラダムスの大予言」だったんじゃないかと思います。でも1999年にあの予言が大外れになった時点で、ああやっぱり来なかった、これから何を楽しみに生きていけばいいんだろう……とでもいうような喪失体験ーー私はこれを「ノストラロス」と呼んでいるんですが(笑)ーーが共通体験としてあった。陰謀論が盛んになったのは、このノストラロスで空いた心の穴を埋めたいという気分もあるんじゃないかと思っています。
ただこれは言っておかなければならないことですが、20世紀の末ごろ、いろんなことが起こって、人生を誤ってしまった人もいる。オカルトを「面白いフィクション」として楽しんでいた自分たちにとって、それは驚く出来事で、本当に信じてしまった人たちがいたという事実にショックを受けて、慌てたわけです。
そういうこともあって、ノストラダムスとともにそういうお祭りは終息したんですが、あくまでフィクションである、ということを大前提としたうえで、それでも私の世代はそういうものをみるとワクワクしてしまうんです。楽しいから、やっぱりそういう種類の話をしたり聞いたりしたくなっちゃうんだけど、それが事実を偽ったり、誰かを苦しめたら台無しなわけです。
そのひとつの逃げ道として、最初から嘘であることがわかっている、正しく「与太話」をできる場所のひとつがマンガやアニメといったフィクションなんじゃないかと思います。中でもアニメーションは、そもそもすべて絵で描かれている。そこに登場する、俳優ですらない二次元の非実在の人格が涙を流すことに心を痛めたり、恋をしてしまったりする。虚構だとわかっている世界でワクワクするものをたくさんつくって、それを楽しむのが「オカルト」の正しい消化方法なんじゃないか……それがアニメーションのひとつの意味なんじゃないかと思ってます。

ーー「ムー」はノンフィクション・マガジンなんですが。

 (慌てて)あっ、「ムー」はちょっと微妙なところですけど…(笑)。でも「信じるか信じないは……」じゃないですが、多くの読者さんたちはそれを理解して楽しんでるんだろうと思います。そういう楽しみ方の一環として、本作にも「月刊マー」という雑誌が登場するシーンがあります。どこでどのような扱いになっているのか、本編を見てぜひチェックしてください。

ーー陰謀論に関連して、作中でもセブンの予言「セブンポエム」が重要な役割を果たしますね。ノストラダムスの四行詩、または陰謀論主導者のメッセージのような。

※人類が開発した最高の人口知能「セブン」が制御不能に陥り、殺処分されたのがルナティック・セブン事件。殺処分される直前にセブンが出力し続けた意味不明の文章や数式は「セブンポエム」と呼ばれ、人類の未来を予言するものだとの「都市伝説」がうまれ、これを崇めるカルト集団まで現れている。

 これはもう「月刊マー」が食いつく話で、ルナティック・セブン事件が起こってから「マー」はそれだけで特集ネタに困らないような状態になっているという設定です。
でも、セブンはそれも見越している。人類はああいう謎解きに興味を持つだろうって計算して、セブンが死ぬ直前に組み立てた筋書きに「マー」も乗せられちゃってるわけです。

ーー陰謀論のタネのような予言をAIが流して、予言に踊らされる人や、予言成就のために予言に則った行動をとろうとする人が現れる。その辺も現実に即していてゾクッとさせられる部分です。

 現実にそういうことで人をそそのかしたり傷つけたりしてはいけないんだけど、一方で人間の性としてそういうものにワクワクして、動いてしまうんだろうなという予感、諦めのようなものもあります。作中でも「人間はどうしようもない生き物だ」とあるキャラクターが語る場面がありますが、そのような議論や事件は未来でも避けられずに結局また起きるんだろうとは思っています。そうならないためにも「まずはフィクションとして楽んで耐性をつける」習慣が広がるといいんですけどね。

科学とオカルト

ーー「電脳コイル」では都市伝説や怪談が物語の核になり、「地球外〜」では陰謀論が重要なカギになっている。監督の作品では科学とオカルトが並立するテーマとして登場しますね。

 科学とオカルトについて思うのは、科学が発生する前は人間の世界はほとんどオカルトだったんですよ。個人的には、人間存在自体がオカルトだと思ってるんです。自分にとっては、フィクションという枠の中に限って言えば、変なものを見せてくれれば魔法も科学も一緒なんですよね。科学も魔法の一種で、こちらが期待していることは同じ。求めて得るものが一緒というのかな。だからフィクションに登場させるうえでは、私のなかでは科学もオカルトも同一線上で、対立していない。もちろん、現実の世界とはちゃんと区別した上で、楽しむためのものとしての話ですが。
フィクションを作る立場としてはひしひしと感じるんですけど、いま、科学を物語の切り札に出しても、それほど感動してもらえない。科学に幸せを期待しない若者が増えている気がしますが、それは「科学からは期待するものがもらえない」と言うことじゃないかなと思います。もちろん現実の世界で科学が人間を救ってくれたことはたくさんあるんだけど、フィクションに求めるような「幸せ」や「面白い」という都合のいいものじゃなかった。だったら願いを叶えてくれる石の方を信じたい……とかね、思ってしまう人の気持ちもわからなくはない……なんてことをこの科学未来館で語ってしまってはいけないかな(笑)

※インタビューは「地球外少年少女」完成披露試写会が行われた日本科学未来館で実施した。

 アニメーションやフィクションでも、かつては「ドラえもん」のように、未来や科学が幸せをくれたり、科学の力で超人になったりサイボーグになったりして、「科学を手に入れた方が勝つんだ」という世界観があった。でもそれは「魔法をかけてパワーアップしたぜ」という、オカルトに求めているものと本質は同じなんですね。物語に人間が期待しているものは変わっていなくて、なにか自分に力をくれる存在ーーたとえばそれは神であったりーーを求めているだけで、科学が照らす「真実」はその一種に過ぎないんだと思います。現実世界では私も科学第一主義者ではあるんですけど(笑)。

人間と神

ーーとても重いテーマですね。人間には神が必要なのか、というのは本作でも、とくにクライマックスにむけての大きな問いとして現れますね。

 それについては、ここでは言えないんだけど、本作には実は大規模にカットされたシーンがありまして、そこはもう最初は××××××××××××××××××××が、×××××××××××××××××××××××××して、××××××××××××××××××××××××××××××××××ということになっちゃうんですけど。

ーーええー…っ!!

 ほかにもたくさん謎がありますよ。実はね、×××っているでしょう、あのキャラクターはね、×××××××××××××とされる、××××××××××××の一人なんですよ。

 ーーえええええええー…っ!! 

 この作品の×××××では死んでいるんですけど、実は×××××××××。それだけじゃなく、×××××××××している××××××なので、×××××××××××××ができる人なんですよ。それから、セブンポエムが×××××××っていうと、そもそも量子って××××××な振る舞いをするわけじゃないですか。ということはつまり、量子コンピュータは×××××××××××××××××××な思考をしているわけです。当然複数の×××××××××がわかるわけですよね。で「ルナティック」とは何か。これはね実は作中でも一瞬説明してますけど、×××××の自分自身と、××××××××××××××を共有しているんです。×××××××××××××××して、11次元的な×××××××××××××××、だからあの人はそこで×××××××××××××××、というわけです。

ーーそんな設定が…。それを知ってから全話、見返さないといけないですよ。

 ×××には××××××××××××、なんて説もあるんですよ。

ーー監督が「〜という説もある」と言うのはもう公式なのかなんなのかわかりませんが。

※磯監督から大変衝撃的な解説があったのだが、物語の「裏設定」ともいえる核心的な部分なので伏せ字にせざるをえなかったことをおことわりする。

伝統と成長

ーーものすごいお話を聞いてしまったところで……あらためて、本作は少年少女たちの成長がおおきなテーマになっています。また同時にAIの成長、というSF的テーマもある。ジュブナイル作品の重要な要素である「成長」について思いを聞かせてください

 「成長」っていうのはすごく大事なテーマだと思っていて、それは今回も再認識しました。何かが変化する、成長するっていうのは基本的にワクワクするんですよ。私も一時期アニメーターとして迷ったことがあって、アニメーション、とくに紙のアニメはもう前の世代の職人たちが技法をやりつくして頭打ちになっているようなところがあって、技は出尽くした、あとはそれを人海戦術でやっていくぞというような空気があった。
でも、型がきまってしまうと、それって伝統芸能じゃないですか。発見と成長ってすごく密接な関係があって、何かに取り組んで発見すると人って成長するわけですが、その発見は親とか前の世代はすでに知ってることだったりするわけです。そこで「それはもうずっと前に俺が見つけたんで無意味だ」みたいなことを言って潰してたら成長は止まってしまう。
「車輪の再発明」って言葉があって、業界によっては無駄を抑えるために既出の技術との重複を否定的にとらえる傾向もあるんだけど、「再発見」ってものすごく重要なんです。たとえ再発見であっても、その発見は発見した人にとっては宝物であり資産[7] になる。そこから全く別の芽がでてきたりする。全然無駄じゃないんですよ。子供の発見だってそういうものでしょ。誰にでも成長はあるし、どんな年齢の人でも自分のなかで成長は起こせると思います。私もデジタルでの作画にチャレンジしたり新しいことを試したりしているんだけど、一見無駄とも思えるような試行錯誤が次の世代につながって行くんですよ。

ーー最後に、本誌的にぜひ伺いたい質問を。もしも監督が近未来的な物語にUFOや異星人を登場させるとしたら、どのような設定になりますか?

 来ましたね(笑)。個人的には、UFOはぜひいてほしい、あってほしいと思っている側なんですが、ただしUFOが宇宙人の乗り物で、何光年も先から地球にきているという話にはリアリティを感じないんです。UFOが実在するとしたら無人機だと思っていますが、もし中に誰かが乗っているとしたら、そこにいるのは超古代の人類とか、宇宙人でなく地球由来の生命だろうと思います。だってこの近所で一番生命が発生してるのは地球じゃないですか。現在の人類が文明を築いた歴史なんてほんの1万年くらい。ホモ・サピエンスの肉体的ハードって30万年くらい前に完成してるんだけど、ということは雑に計算すれば30回分の文明がありえるわけです。
そう考えると、局所的に進化した人類が地底などへ移住してUFOをつくったんじゃないか、あるいはすでに滅んでしまった彼らがつくったUFOが、今も無人のドローンとして残ってるんじゃないか。そのほうが、少なくとも何光年も先から宇宙人がきたぞっていうよりずっと可能性があると思う。

ーー「UFOは滅びた文明の無人機だ」という説はおもしろいですね。

 そのほうがずっとリアリティがあると思うんだけど、僕が「UFOは地底人がつくったんだ」っていうとみんな笑うんですよ。まあ、地底人ってフレーズはウケを狙ったネタとしてチョイスしてますけど、宇宙人説のほうが信じられてしまう。「ムー」さんはさすが話が早いですね。この説をずっと「ムー」で発表したいなと思ってました(笑)
これは実在する、しないという議論ではなくて、私の想像、こういうことなら面白いなという願望です!そんなこと想像してるのが大好きなんですよ。このネタで作った企画も1本あって、実はあの日本の企業を地底人が経営していて…

※取材時間を大幅に延長していたため終了となったが、ムー取材班の撤収ギリギリまで熱い語りは続いた。

磯光雄。アニメーション監督、アニメーター。本作「地球外少年少女」の原作、脚本、監督を務める。原作・全話脚本・監督を兼任したオリジナルTVアニメ『電脳コイル』は、初監督作品にして星雲賞などを受賞。

© MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会


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