筆を投げたら”霊字“が出現!? 知られざる明治の行者・高橋宥明上人/武田崇元
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筆を投げたら”霊字“が出現!? 知られざる明治の行者・高橋宥明上人/武田崇元

弘法大師から霊力を授かり、数多くの奇跡をなした明治の行者・宥明上人。常に民衆とともにあり、各地を遍歴して病人を癒しつづけたという謎多き「超能力者」の生涯を辿る!
(ムー 2012年9月号掲載の記事に加筆・改稿)

文=武田崇元
取材協力=高橋宥明上人顕彰会
参考文献=『高橋宥明上人神変記』(八幡書店)

伝説の彼方へ消えた稀代の霊能者がいた

 高橋宥明上人――「ムー」の読者であっても、その名を聞いたものは少ないだろう。だが、この人物こそは、明治大正年間に数々の驚くべき奇跡をあらわした稀代の霊能者だった。
 宥明上人は江戸末期に山形の寒村に生まれ、32歳のときに山中で異人に出会い、類いまれな霊力を授けられた。以来、各地を放浪し、多くの病人を癒し、ときには「投筆」と呼ばれる不思議な妙術を行ったが、その存在はほとんど世に知られることもなく、大正3年に静かにこの世を去った。

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宥明上人の唯一の写真。大橋がカメラを向けると「なに、写るものか」と上人はいった。「これは機械だから必ず写るよ」とシャッターを切ったが、はたして写ってはいなかった。これは珍しく、上人が撮影を了解した写真だと思われる。

 宥明上人は当時のメディアはもとより、心霊研究の対象としてとりあげられることもなかった。故郷にいた期間は短く、宥明上人の事跡はその故郷においてさえ、伝説の彼方へと消えている。実際、昭和62年に刊行された『南陽市史』民族篇では、宥明上人はもはや「猫の宮」「大蛇の橋」「夜泣き石」といった話とならぶ「口頭伝承」の扱いとなっている。
 さすがに近年、ようやく地元に「高橋宥明上人顕彰会」が生まれ、徐々にその名も知られてきたが、いまだに上人の全貌は霧の彼方に隠されている。
 そもそも宥明上人に関して現存する資料は、きわめて少ない。
 唯一のまとまった資料は、上人と深い交流のあった陸軍将校・大橋博吉が書き残した『高橋宥明上人神変記』というわずか60ページの小冊子くらいである。この資料には、大橋自身の回想に加えて大橋の妹・平田満江の回想、さらに木原裸院なる人物による佐藤権兵衛軍曹に対する取材記事が収録されている。佐藤権兵衛は大橋博吉に宥明上人の存在を知らせた人物だ。
 それ以外には、昭和62年ごろに現地を訪れた心霊研究家・山本貴美子氏によるわずかな聞き書きと、「高橋宥明上人顕彰会」の会報に掲載された、これもごくわずかな聞き書きのみである。

 本稿では、これらの情報を頼りに、この埋もれた霊能者の事跡に迫ることにする。

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