
「きれいなドア」/読者のミステリー体験
「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。
選=吉田悠軌
きれいなドア
石川県/平塚美代子(14歳)
あれは私が小学5年生のころの冬でした。ある日、私は友人のN、Yと一緒に、Tの所に遊びに行きました。Tの家の前には古いアパートが2軒並んでいて、陽当たりが悪く、私はなんだか妙な気分になりました。でもみんなと遊んでいるときに、変なことをいいだすのもと思い黙っていました。私たちは、そのTの家の前でオニごっこのようなことをして遊んでいたのですが、そのうちTがアパートの一軒を指さして、
「ねえ、このアパートの1号室から5号室のうちで、首つり自殺した人の部屋があるんだけど、どの部屋だと思う?」
と、気味の悪いことをいいだしたのです。私はそのとき、ふと何かを感じて、中でいちばんきれいなドアを指しました。そして、そのドアに触ろうとすると「あ、そこよ、自殺した人の部屋!」とTが叫びました。私はあわてて手を引っこめましたが、一瞬、背筋にゾクッとするものを感じました。
と、次の瞬間です。突然、そのアパートの屋根の雪が、ドドドッという音を立てて滑り落ちてきたのです。 私がとっさに身を引いて雪を避けたのと、Tが意味不明な悲鳴を上げて走りだしたのが、ほとんど同時でした。
私はびっくりしてTを追いかけました。
「どうしたの⁉」と聞くと、Tは「早く、早く逃げてっ」と叫ぶのです。なぜ逃げなければならないのかわからずぼんやりしていると、今度はNとYまでがTと同じように悲鳴を上げて逃げ回りはじめたのです。3人とも、真剣でした。青ざめて、逃げ回っているのです。
でも私には、何がなんだかさっぱりわかりませんでした。私は、悲鳴を上げながらあたりを逃げ回っている3人を、ブロック塀によりかかりただ呆然と眺めているだけでした。
ところが、そのうち私にも、3人が逃げ回っている理由がわかったのです。うっすらと黒い人影のようなものが、彼女たちを追いかけ回しているのです。アッと思った瞬間、その黒い人影が私のほうに向いたのがわかりました。私のほうに手を伸ばすようにしながら、近づいてきます。
私は飛び上がってその場から逃げました。が、それは、ものすごい速さで追いかけてきます。私は、ほかの3人と同じように悲鳴を上げて、必死にその場から逃げました。そうするうちに、私は、その人影が男で、しかも、あのアパートの一室の首つり自殺をした男の人だということがなんとなくわかったのです。ごく自然に私は、そう思ったのでした。
私は、しつこく追いかけてくるその黒い人影に向かって、必死にお経を唱えながら逃げました。すると、やがてその黒い人影の勢いが弱まって、追いかけてこなくなりました。見れば、黒い人影が、さっきのアパートのきれいなドアの前でスーッと消えていくところでした。私たちは、くたくたに疲れ果て、その場に座りこんだまま、しばらく動けませんでした。
後日、聞いた話によれば、その首つり自殺した男の人というのはひとり暮らしの老人で、とても犬好きな人だったそうです。近所にいるエルザーという犬をとても可愛がり、そして寂しかったのか夜はときどき自分の布団を犬の小屋の隣に持っていき、そこで寝たりもしていたということです。
近所の人が、その老人がずっと部屋に閉じこもったきりで出てこないといいだしたのは2か月ほど前でした。そこで、大家さんが合鍵を使って中に入ってみたのですが、そのとたん大家さんは、大声を上げて気絶してしまったそうです。老人が、玄関先で首を吊って死んでいたのでした。それも腹部が何かに食いちぎられたようにメチャメチャになっていたそうです。
それ以後、老人に可愛がられていたエルザーという犬は、救急車やパトカーを見るたびに、それに向かって大きな声で吠えるそうです。私は以来、そこを通るたびにあのときのことを思いだして背筋が寒くなるので、必ず口の中で、お経を唱えるようにしています。
(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)
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